環境・公害対策部だより
アスベスト飛散の基準値を考える(「ストップ・ザ・アスベスト西宮」代表・医師 上田進久)
2016.10.25
一般に基準値を健康被害に関連して論じる際には、慎重に扱わなければならない。アスベスト飛散については、その繊維が髪の毛の5000分の1と細く目に見えず、無味無臭で何の刺激もないため、いつ曝露を受けたかもわからないという大変厄介な物である。また、アスベストによる健康被害は中皮腫や肺ガンなどの重い病気の原因となるが、20~50年の長い潜伏期の後に発病するため、差し迫った問題として捉えられていない。アスベストは、1000万tが輸入され8割近くが建材として使用されたが、500万t, 280万棟が今もなお残存しているとされている。
2006年に石綿の使用や製造が全面的に禁止されたため、現在の発生源は主に解体現場であり、建物に残存しているアスベストをいかにして安全に除去し廃棄するかが重要な課題となる。建物の解体においてアスベスト飛散を徹底して予防するためには、十分な事前調査と適切な除去作業に加えて、それを確認するための大気中モニター測定が不可欠であり「一般環境」と「解体現場」を区別する事が基本となる。
現在よく使用されている基準値は、空気中粉塵濃度測定における繊維状粉塵10本/Lとされている。しかし、この基準値は1989年に白色石綿製品生産工場の「敷地境界基準」として決められたものであり、一般住宅環境では「適用できない」とされている。
一方、人々が生活する所で行われる建物の改修や解体工事においては、現場が隣接していることや、白色石綿よりも発がん性が強い青・茶色石綿が含まれているために、より厳しい基準が求められる。環境省では、「施工区画境界」での管理基準として石綿総繊維数1本/Lとし、総繊維数1本/L以上の場合、より詳しく電子顕微鏡などでアスベストを同定するよう求めている。
上記のような問題があるにもかかわらず、行政機関や一部のマスコミにおいて、10本/Lという基準値の無神経な使用が目立つ。そもそもこの基準値と健康被害との間に、直接的な因果関係は認められておらず、10本以下の環境においても中皮腫の発生が認められている。今後解体される建物は、アスベストが大量に使用されていた時代に建てられたものであり、これらの解体は2028年頃にピークを迎え2055年頃まで続くと予想されている。この様な状況に適応した基準値に改正され、健康被害で苦しむ人が一人でも少なくなるような対応が望まれる。