環境・公害対策部だより
「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略(仮称)(案)」についてのパブリックコメントに対し意見提出
2019.05.16
日本政府は地球温暖化対策の国際的なルールである「パリ協定」に基づいて国連に提出する政府の長期戦略案を発表した。政府案は地球温暖化対策の緊急性を欠き、原発の稼働を「安定的に進めて行く」とし、原発を推進する一方、二酸化炭素排出量の多い石炭火力発電は温存するという内容となっている。政府はこの長期戦略案に対して5月16日まで意見公募を行っており、協会環境・公害対策部はパブリックコメントに対する意見を提出した。以下に提出した文章を掲載する。
「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略(仮称)(案)」についてのパブリックコメントに対する意見
団体名 兵庫県保険医協会
意見提出者 環境・公害対策部長 森岡 芳雄
意見の概要
政府は、温室効果ガス削減についての長期戦略策定にあたり、以下の点を考慮すべきだ。
1.国民の意見を計画に反映すべきである
2.IPCC1.5℃報告書を踏まえ、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロとする長期目標を設定すべきである
3.長期戦略案には、イノベーションへの期待ばかりが書かれており、現時点において、実現性や有効性が不明瞭なものが多く、理念的で抽象的で具体性欠けている。各分野・政策ごとに期限を明記すべきである
4.すでにある程度技術的には開発され、その有効性が十分に期待できる実現性の高い実施策をもっと優先的に取り組むべきである
5.経済的発展、産業振興を重視し過ぎており、CO2削減が二の次になっている。改めてCO2削減に基軸を置いて努力するべきである
6.エネルギー利用の形態として、電力化を過度に行おうとしているのは問題である
7.持続可能な形での再生可能エネルギー100%を明記すべきである
8.再生可能エネルギーの主力電力化に向け、あらゆる政策資源を集中することを明記すべきである
9.原発を「低炭素電源」と位置づけ、原発の稼働を前提としているのは問題である。「原発の利用・活用はしない」と抜本的に書き換えるべきである
10.火力発電については過渡的なものと位置付けるとともに、最大限のエネルギー効率を目指すべきである。石炭火力発電は環境への影響の観点から廃止を明記すべきである
1、国民の意見を計画に反映すべきである
・該当箇所(設置根拠)
・意見内容
「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略策定に向けた懇談会」の構成員は、鉄鋼メーカーや原発メーカーの関係者、大学の研究者などが名前を連ねている一方で、環境団体などは一切入っていない。設置根拠でうたっている「創造性にあふれ柔軟性のある政策」を導入した長期戦略をつくるためには、特定の利益の代弁者の声だけではなく、環境団体、将来世代や地域住民など、幅広い人々の意見を反映させることが不可欠だ。政策分科会の委員構成を見直すべきである。また、政策決定に必要な情報を開示し、意思決定プロセスにおける市民参加を保障することが、脱炭素社会への最も近い道である。パブリックコメントに寄せられた意見を計画内容に反映するよう求める。
2、IPCC1.5℃報告書を踏まえた2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロとする長期目標を設定すべきである
・該当箇所(p2~4、第1章 気候変動に関わる最近の情勢及び変化等)
・意見内容
昨年10月のIPCC特別報告書「1.5℃の地球温暖化」発表以来、国際社会は「今世紀末ごろの地球の平均気温を、工業化(産業革命)前に比べて1.5度以内の上昇にとどめる」ことを新たなグローバルスタンダードと捉えるようになった。したがって日本の長期戦略においても、この1.5℃をメインに据えた行動が求められている。1.5℃特別報告書では、「気温上昇を2℃未満に抑えるためには、2050年に世界の温室効果ガスの排出を実質ゼロにする必要がある」と記載されている。2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロとする長期目標を設定すべきである。
3、長期戦略案には、イノベーションへの期待ばかりが書かれており、現時点において、実現性や有効性が不明瞭なものが多く、理念的で抽象的で具体性欠けている。各分野・政策ごとに期限を明記すべきである
・該当箇所(p46~62、第3章:重点的に取り組む横断的施策等)
・意見内容
今後の長期戦略として、5年ごとに達成目標具体的に数値を挙げ、各分野・政策ごとに期限を明記すべきである。
4、すでにある程度技術的には開発され、その有効性が十分に期待できる実現性の高い実施策をもっと優先的に取り組むべきである
・該当箇所(p46~62、第3章:重点的に取り組む横断的施策等)
・意見内容
地熱発電、地中熱利用、太陽温水器、コ・ジェネレーション、バイナリー発電など既存の技術で、比較的安価で早期に導入可能で、貢献度の高い実施策があるにもかかわらず、重要視されていない 地熱発電などは発電量、ベース電源としても非常に有望であり、現在では環境保護・保存を前提とした建設・稼働が十分行えるにもかかわらず、盛り込まれていないのは問題である。
5、経済的発展、産業振興を重視し過ぎており、CO2削減が二の次になっている。改めてCO2削減に基軸を置いて長期戦略を作成すべきである
・該当箇所(p13~43、第2章 各部門の長期的なビジョンとそれに向けた対策・施策の方向性等)
・意見内容
具体的、実効性のある施策を盛り込まず、イノベーションを声高に叫ぶのは、この長期戦略案は経済に重きを置いたものであることを物語っており、ビジネスライクで、地球規模の危機に際しての先進国として国際的に果たす役割を放棄したものであり、恥ずべき内容と言うしかない。改めてCO2削減に基軸を置いて長期戦略を作成すべきである。
6、エネルギー利用の形態として、電力化を過度に行おうとしているのは問題である
・該当箇所(p13~20、第2章 各部門の長期的なビジョンとそれに向けた対策・施策の方向性等)
・意見内容
フリー水素の提案など、エネルギーの電力化を前提にした議論である。エネルギー資源から電気エネルギーを抽出する際には、必ず熱エネルギーの放出などによるエネルギーロスがあり、電気化することなく、熱エネルギーのまま利用する方が効率が良い場合があることは自明である。熱エネルギーのままでの利用の方策をもっと探るべきである。電力をエネルギー利用形態の中心に据えるためには、この転換ロスを最小限にする努力をもっと具体化しながら進めるべきである。
7、持続可能な形での再生可能エネルギー100%を明記すべきである
・該当箇所(p13~20、第2章 各部門の長期的なビジョンとそれに向けた対策・施策の方向性等)
・意見内容
日本のエネルギー政策を今後考える際、重要になるのは「安全性」「エネルギーの自立」「脱炭素」であり、これを全て満たす電源は再生可能エネルギーであると考える。日本でも再生可能エネルギー100%を目指す動きが活発になってきている。しかし現状のエネルギーシステムは、こうした動きに応えるものになっておらず、再生可能エネルギーの導入にはむしろ足かせとなっている。電力市場において、再生可能エネルギーが主力電源となるよう整備を早急に進めることが必要だ。九州電力管内では、原発が稼働したことで、再生可能エネルギーの出力制御が何度も行われるような状況にあり、原発の稼働を優先させていることも問題である。再生可能エネルギーを主力電源化し、再生可能エネルギーが優先接続される制度に速やかに変更するとともに、将来的には再生可能エネルギー100%を可能とするような電力系統の強化や効率的な運用のシステムを構築するべきである。一方、近年では、中山間地を乱開発してメガソーラーを建設し、大規模な環境破壊を引き起こしかねないような開発が進んでいる。また、バイオマス火力発電などにおいても、海外から輸入したヤシ殻燃料(PKS)やパーム油を燃料とする計画が急増するなど、持続可能性の観点から問題のある計画が進んでいる。こうした乱開発や大規模な環境破壊を伴う設備に対して歯止めをかけ、持続可能な再生可能エネルギー100%を目指すべきである。
8、再生可能エネルギーの主力電力化に向け、あらゆる政策資源を集中することを明記すべきである
・該当箇所(p13~20、第2章 各部門の長期的なビジョンとそれに向けた対策・施策の方向性等)
・意見内容
近年、世界で再生可能エネルギーの導入が飛躍的に拡大し、コストも急速に低下してきている。今後、導入の促進によって、さらに発電コストの低減を図っていくことができる。また日本は世界有数の地熱発電可能国である。環境への配慮は現在の技術力で十分克服でき、安定性も抜群であり、過小評価することは許されない。蓄電能力は近年飛躍的に向上しており、不安定とされる自然エネルギーにおいても安定供給を実現することは十分に可能である。また、し尿処理によるバイオガスエネルギーなど、日本ではまだまだ取り組まれていないエネルギー源が豊富にある。政府は全力で再生可能エネルギーの導入に取り組むべきである。長期戦略は、地産地消、小規模発電の利用、エネルギー電化率の抑制、公共交通・物流システムの見直しなどを含め、再生可能エネルギーの主力電力化に向け、あらゆる政策資源を集中することを明記すべきである。
9.原発を「低炭素電源」と位置づけ、原発の稼働を前提としているのは問題である。「原発の利用・活用はしない」と抜本的に書き換えるべきである
・該当箇所(p18~20、第2章 各部門の長期的なビジョンとそれに向けた対策・施策の方向性等)
・意見内容
原発については「低炭素電源」とみなされており、原発の稼働が前提となっている。福島原発事故は、津波による電源喪失だけでなく、地震そのものによる損壊の可能性も指摘されており、事故発生の原因も明らかになっていない状況で、いまだ収束の見込みすら立っていない。核廃棄物の処理についてもめどはたっていない。このような情勢で原発の活用に国民が賛同し得ないことは、各種世論調査で「原発反対」が過半数を占め続けている現状を考えても明らかである。ひとたび事故が起これば、甚大な被害をもたらす原発については、「低炭素電源」として活用することを前提とせず、「原発は活用しない」と抜本的に書き換えるべきである。福島原子力発電所事故を経験したにもかかわらず、原子力発電の開発、新増設に関わり、それを他国に輸出するなどといったことは無責任であり、非人間的であり、到底許されることではない。
10.火力発電については過渡的なものと位置付けるとともに、最大限のエネルギー効率を目指すべきである。石炭火力発電は環境への影響の観点から廃止を明記すべきである
・該当箇所(p16~17、第2章 各部門の長期的なビジョンとそれに向けた対策・施策の方向性等)
・意見内容
先進国(OECD諸国)全体では、2000年代後半から石炭消費量は減少傾向であるのに対し、日本は石炭消費量を年々増加させており、石炭からのCO2排出量は1990から2015年の間に約2.7倍増えている。この事実は、他の分野におけるCO2削減努力が、石炭使用による排出量増加で帳消しにされてきたことを意味している。さらに、日本には現在約4300万kWの石炭火力発電所があるが、今後、計画中もしくは近年に稼働が開始したものが約1600万kWも存在している。新たに石炭火発が建設されてしまえば、日本の2030年の目標達成すら危うくなる上、少なくとも40 年間は莫大な量のCO2を排出し続けることになり、今止めなければ、将来に大変な負債を残すことになる。現時点から、政策的に廃止へ舵を切ることこそ必要である。また、石炭火力発電は石油やLNGに比べて、CO2だけでなくNOX、SOXなどの大気汚染物質、水銀などの重金属や有害物質の排出がはるかに多い。石炭火力発電はせめて環境負荷の小さい石油やLNG発電に転換していくべきである。石炭火力発電については、廃止しようというのが国際的潮流であり、外交政策上からも「早急に廃止する」と抜本的に書き換えるべきである。そして、火力発電については過渡的なものと位置付け、コ・ジェネレーション、バイナリー発電、ヒートポンプなど、できる限りエネルギーを有効活用する設備の導入や技術革新を追求し、放熱による環境負荷、エネルギーロスを最小限にし、最大限のエネルギー効率を目指すべきである。