国際部だより
国際部 韓国視察ツアー 参加記
日韓の歴史・医療学び交流深める機会に
2024.09.25
国際部は、8月11日~13日に韓国視察ツアーを実施し、役員・会員ら14人が参加した。ソウル市や大邱(テグ)市の医療機関や施設を訪問した。2019年と21年に日韓の歴史や韓国における民主化運動と社会保障制度についてお話いただき、今回のツアー実施にあたってもご尽力いただいた康宗憲(カン・ジョンホン)先生に同行いただいた。参加者および康宗憲先生の参加記を紹介する。
1日目「人権医学研究所」
8月11日に関西空港から金浦空港へ向かいました。入国審査で盆休み中の日本人の長い列に並んだ後、バスでソウル市内の人権医学研究所/キム・グンテ記念癒しセンターへ行きました。
研究所を紹介してくれた康宗憲先生は、ソウル大学医学部に在日韓国人として留学中に「北のスパイ」として死刑判決を受け、その後無実となりました。
センターの名前になったキム・グンテ氏も、南営洞(ナミョンドン)治安本部対共分室で拷問を受けました。訪問前に、「南営洞1985 国家暴力:22日間の記録」という映画をDVDで観ました。2時間近く水拷問や電気拷問が続き、観るのもつらい映画でしたが、韓国では多くの人がこの映画を観に行ったそうです。悪いことは忘れ、なかったことにさえする日本と、辛くても記憶に残す韓国との違いを感じました。
研究所の隣にはカトリック女子修道会があり、研究所はカトリックの経営ではないそうですが、玄関にはマリア像、講堂には十字架がありました。韓国のキリスト教会が民主化に果たした役割は、映画「1987、ある闘いの真実」でも描かれていました。康宗憲先生が死刑囚として西大門(ソギムン)刑務所にいた時、隣の独房には5回目の投獄をされたパク・ヒョンギュ牧師がいて、その高邁な人格に触れたそうです。
西大門刑務所の跡地は歴史館となっていて、私は今年5月にアジア超音波医学会での発表のためソウルに行った時に観てきました。日本が朝鮮の独立運動家に対して行った拷問の展示もありましたが、同じ拷問が韓国で民主化運動家に対して行われたことを知りました。康宗憲先生は西大門刑務所ではずっと手錠をされていましたが、死刑囚には手錠をする日本の決まりが韓国で続いていたからだそうです。韓国の民衆は独立後も、日本が残した負の遺産と戦い続ける必要がありました。
研究所のイ・ファヨン所長からは、拷問被害者の肉体的な傷だけでなく、家族への拷問をちらつかされ自白調書に署名してしまった心の傷、出所後も世間から排除された社会的な傷も治療しているとの説明がありました。私からは国際部が行ってきた在日外国人の人権を守る取り組み等を報告し、今後日韓で協力しあうことを確認しました。
夜は明洞で、康宗憲先生やほかの拷問被害者も交えてビールと焼肉(私は禁酒・菜食なのでサイダーと茶碗蒸)で親睦を深め、第1日目を終了しました。
在宅医療や保険制度相互理解深められた
縁があって、今回の韓国視察ツアーに参加できたことを嬉しく思います。とても充実した、そして意義深い2泊3日でした。
西山理事長をはじめセミナーで発表された先生方の研究内容は、韓国の医師たちにも多くの示唆を与えたようです。また、韓国側の発表を通じて、懸案の医師増員問題に関し率直な意見を聞けたことも参考になりました。何よりも、質疑応答や活発な意見交換を通じて、在宅医療や医療保険制度に関する相互の理解を深められたことが最大の成果だと思います。
初日は、日本では未だ馴染みのない「人権医学」の視点から、イ・ファヨン所長の貴重な講義を受けました。代用監獄や検察での自白強要などの問題が指摘される日本でも、取り調べ過程における不当な人権侵害に対し、医療が関与し精神的被害へのフォローなどに取り組む契機になればと思います。
2日目は過密な行程でしたが、医療保険制度やコロナ対策、前政権の福祉政策(文在寅ケア)など、韓国社会への総合的な知識を深める機会となりました。大邱市医師会の献身的で情の籠もった接待に、深謝の気持ちを禁じ得ません。3日目の高麗大学安岩病院も、最新型の施設で印象深い視察でした。
日韓交流は難しいです。岸田・尹の両首脳は未来志向を強調しますが、植民地支配の歴史責任を直視しない未来志向に、「未来」はありません。尹大統領は過去清算の全面譲歩を断行し、「コップの残り半分は日本が満たす」と主張しましたが、コップの水は今もそのままです。
今回の視察は、政府が満たさない半分のうち、その何滴かを注いだような気がします。相互に有意義な視察でした。今後も交流を通じて成果が蓄積されることを願っています。
2日目「韓国健康保険審査評価院」とクリニック見学
2日目の8月12日は朝からKTX(韓国版新幹線)に乗って、大邱市に到着。駅ホームに大邱市医師会のイ・サンホ副会長をはじめ、事務局の皆さんが横断幕をもって出迎えてくれ、そのまま韓国健康保険審査評価院(HIRA)の大邱慶北支部を訪れた。日本の医師団体の視察は初めてとのことだった。チョン・ヨンエ本部長と事務局長、医師会からも数名が参加された。
2009年から完全オンライン請求がはじまり、99%の診療報酬請求はデジタル化、オンライン化されている。驚くことに、日本のような月1回の診療報酬レセプト請求ではなく、一症例、一受診毎オンラインで照会され、診療内容の評価があるという。
韓国でも日本のマイナンバーと同様に、個人識別番号が振り分けられている。そのため患者が医療機関を受診する場合は、保険証やIDカードを提示するかわりに、受付機に個人識別番号を入力することで、オンラインで患者情報識別を行っている。個人識別番号と顔認証を組み合わせたシステムが中心で、IDカードを読み取らせることを求めていない。非常に現実的で良い方法だと思われた。
審査に関しては、AIを活用して行われている。診療の妥当性に関しては、専門の医師による審査があるが90%はAI査定である。日本のDPC(包括診療払い)と同様のDRGというシステムがあり、評価と支払いを簡略化している。診療報酬内容の大きな見直しは5年毎だが、新薬や新たな適用については、適宜審査されている。
昼食後にミン・ボッキ医師会長の「オールフォースキンクリニック」を訪問した。保険診療の皮膚科、形成外科と、美容整形の両方を受け入れているクリニックである(韓国では混合診療は自由)。まず、受付で、電子カルテと連動するレセプトコンピュータの説明を受ける。一診療が終了するたびにデータが薬局とHIRAに転送され、重複薬剤の有無などがチェックされた後、院外薬局での処方受付となるようだ。
また会長のクリニックはヨーロッパ皮膚科学会の認定医院で、アジアではシンガポールとこのクリニックだけであると説明された。会長は主にヨーロッパの大学で皮膚科、形成外科を学んだそうで、イタリア製の治療機器はすぐれていると言っていた。現在韓国の美容整形は世界で最も進んでいて、日本も含め世界中から多くの医師が手技を学びに来ているとのことだった。
会長自身がつくられたアート作品があり、美容整形のビデオが流され、洗練された空間に驚いた。
この点では韓国の保険や診療レベルは日本よりすすんでいると思った。
2日目 大邱市医師会との討論会
12日の午後に大邱市医師会館にて討論会・懇親会が行われました。先方からはミン・ボッキ会長の他、副会長6人を含め総勢18人の参加でした。
大邱広域市は人口237万人の韓国4番目に大きな市で、市医師会は70年余りの歴史と6200人以上の会員を擁しているそうです。
会では三つの講演が行われました。私からは、訪韓前に啓明大学医学部のKeimyung Medical Journal(KMJ)に投稿した論文「Supply, Demand and Distribution of Physicians in Japan」の骨子を紹介しました。日本の医師養成数の決め方や変遷を解説したこの論文は訪韓前に大学のホームページに公開され、相互の理解に大きく役立ちました。
続いて辛先生から「神経難病の在宅医療の実際」と題した講演が行われました。在宅医療の重要性や点滴治療の有効性、さらにはSCA36という遺伝子多型の脊髄小脳変性症の患者が韓国内に多く見られる可能性を指摘しました。韓国の在宅医療は発展途上でこれからが期待されます。
最後にソン・デホ東区医師会長から、文在寅前大統領の「文ケア」の評価及び「医師の増員とストライキ」に関する講演がありました。「文ケア」は公的医療保険給付を拡大しましたが、国の財政負担、過剰診療などの問題点のため今年度で終了とのことでした。
医師養成数に関しては、大学入学定員を3000人から4567人に増やすという政策ですが、そこまで増やす科学的根拠がないと医師会等が猛反対し、研修医全体の9割に当たる1万2千人が職場を離脱、3000人近くの医学部教授が辞表を提出したとのことです。医学生たちも休学や国試の受験拒否を表明しています。当然現場は混乱し、残された専門医に負担がかかり、その影響は患者さんの受診遅れに及んでいます。
当会からは「セーフティーネットとしての医療を守るために、関係者の間で接点を見つける努力をしてほしい」と述べましたが、「ユン大統領をやめさせるまで戦う」とのことでした。
双方の歴史に基づく国民性の違いを感じるとともに、日本の医師は、もう少し戦う姿勢が必要だと教えられました。
3日目 高麗大学安岩病院、BAYADAとの面会
最終日には午前中高麗大学安岩病院を見学、その後金浦空港への道中で昼食会を兼ねたBAYADAの説明会に参加しました。
安岩病院は大韓在宅医療学会理事長でもあるPark Kun Woo高麗大学教授に紹介していただき、直接案内していただきました。病院の第一印象は「それほど混んでない」でしたが、後で聞くとやはり研修医の職場離脱のため、あえて病院機能を落としているとのことでした。
安岩病院では他院へ紹介する時のデータは全てネット上で扱われて、日本のように返事を待つのではなく、サイトから状況を閲覧できるとの事でした。また、病棟のモニターでは入院患者の主治医名やADLの記載がありました。緊急時にはどのように患者様を助け出すかがハッキリしており日本に比べて使いやすいと感じました。
世界への展開にも力を入れ各国から健診を受け付けており、モンゴル語など日本では希少言語の通訳もしっかり揃えておりました。Park教授は金浦空港行きのバスにも同乗されて道中の私たちの質問にも答えていただき、専攻医が現場を離れる失望感や定年後の自身の開業への期待・不安感を吐露しておられました。
BAYADAの説明会は「楽源」という空港近くにある食堂で開かれました。ホテルの併設施設と思いきや、この食堂があるからホテルが作られたそうです。BAYADAは米国で設立された非営利在宅介護サービス提供会社です。海外にも進出しており、韓国では公的介護保険を使用したサービス提供を行っています。きめ細かい、専門的な看護で患者の満足度が高いそうです。日本でも開業を目指しており、名前だけでも知ってもらおうと今回、説明会を開いてくれました。具体的には民間保険会社と連携して在宅看護を展開したいそうです。
総じて今回目立ったのは韓国側の熱烈な歓迎ムードでした。過剰とも思えましたが、逆のパターン、例えば医学部定員増員問題で政府へ対する徹底的な抗戦態度からも、何事にも一所懸命に行う〝ラテン気質〟が伺えました。今回の収穫はこれが一番でしょうか?
医療ツーリズムのあり方考えさせられた
今回の韓国ツアーを通して、医療分野では日本よりも進んでいる点が多く見受けられました。
たとえば、韓国の医療システムに関連する部分です。HIRA(Health Insurance Review & Assessment Service)という、日本で言うところの支払基金や国保連合会に相当する機関があり、20年前から電子化やオンライン化を進めています。そのため、紙のレセプトは存在せず、ほとんどの決済がクレジットカードやQRコードで行われているとのことです。2008年にソウルのカンナムにある診療所を見学したのですが、まだスマートフォンが普及せず、QRコードも存在しなかった時代に、すべての患者がクレジットカードで支払いをしていたのが非常に印象的でした。
今回、見学の機会を得た高麗大学安岩病院は、日本で言えば慶応大学病院に相当する大規模病院であり、〝International Medical Center〟という部門を設けて、世界中から富裕層の患者を集める医療ツーリズムを積極的に展開しているとのことでした。主な来院国は、地政学的な点からロシアやモンゴルが多いとのことですが、アラビア語にも対応しているそうです。
病院長に尋ねたところ、特別室は1泊30万円で、1週間ほど入院し、さまざまな検査や生活習慣病の指導を行うと、約600万円だそうです。日本と同じく、HIRAに管理されている国民向け診療報酬は低めに設定されているそうです。
また、ムスリムの患者を受け入れるためには、豚肉が多く使われる韓国の食事スタイルを避ける必要があることも理解しました。アルコールや豚肉はもちろん、豚由来のラードなども一滴たりとも入っていてはならず、さらにムスリムの戒律に従った食材(ハラール認証)が必要です。これにより、食材やレストランもハラール認証を受ける必要がありますのでアラブの石油王を受け入れるため、ハードルは高くてもクリアーされているようです。
実は六甲山の人工スキー場にもハラール認証のレストランがあります。これは、雪を見に来るインドネシア系の観光客にサービスを提供するためです。9・11テロ後にニューヨークを訪れたときにも、街のいたるところでハラール認証のマークが貼られたレストランやフードカートを見かけました。
日本の少子化と労働人口の減少は深刻な課題であり、移民の受け入れも一つの解決策として検討されていますが、言語や文化の壁が大きな障害となっています。これらの課題を乗り越えるためには、教育やサポート体制の充実、文化的な受容性の向上が不可欠です。
一方で、インバウンド観光の促進は比較的取り組みやすい分野であり、特にムスリム旅行者に対する対応を強化することで、観光産業を中心にさらなる成長が期待できます。
親として次の世代により良い社会を引き継ぐために、日本の少子化と労働人口の減少への対応は必要不可欠だと思います。
1日目「人権医学研究所」
拷問被害者の肉体・心理・社会的傷を治療
国際部長・理事 水間 美宏
8月11日に関西空港から金浦空港へ向かいました。入国審査で盆休み中の日本人の長い列に並んだ後、バスでソウル市内の人権医学研究所/キム・グンテ記念癒しセンターへ行きました。
研究所を紹介してくれた康宗憲先生は、ソウル大学医学部に在日韓国人として留学中に「北のスパイ」として死刑判決を受け、その後無実となりました。
センターの名前になったキム・グンテ氏も、南営洞(ナミョンドン)治安本部対共分室で拷問を受けました。訪問前に、「南営洞1985 国家暴力:22日間の記録」という映画をDVDで観ました。2時間近く水拷問や電気拷問が続き、観るのもつらい映画でしたが、韓国では多くの人がこの映画を観に行ったそうです。悪いことは忘れ、なかったことにさえする日本と、辛くても記憶に残す韓国との違いを感じました。
研究所の隣にはカトリック女子修道会があり、研究所はカトリックの経営ではないそうですが、玄関にはマリア像、講堂には十字架がありました。韓国のキリスト教会が民主化に果たした役割は、映画「1987、ある闘いの真実」でも描かれていました。康宗憲先生が死刑囚として西大門(ソギムン)刑務所にいた時、隣の独房には5回目の投獄をされたパク・ヒョンギュ牧師がいて、その高邁な人格に触れたそうです。
西大門刑務所の跡地は歴史館となっていて、私は今年5月にアジア超音波医学会での発表のためソウルに行った時に観てきました。日本が朝鮮の独立運動家に対して行った拷問の展示もありましたが、同じ拷問が韓国で民主化運動家に対して行われたことを知りました。康宗憲先生は西大門刑務所ではずっと手錠をされていましたが、死刑囚には手錠をする日本の決まりが韓国で続いていたからだそうです。韓国の民衆は独立後も、日本が残した負の遺産と戦い続ける必要がありました。
研究所のイ・ファヨン所長からは、拷問被害者の肉体的な傷だけでなく、家族への拷問をちらつかされ自白調書に署名してしまった心の傷、出所後も世間から排除された社会的な傷も治療しているとの説明がありました。私からは国際部が行ってきた在日外国人の人権を守る取り組み等を報告し、今後日韓で協力しあうことを確認しました。
夜は明洞で、康宗憲先生やほかの拷問被害者も交えてビールと焼肉(私は禁酒・菜食なのでサイダーと茶碗蒸)で親睦を深め、第1日目を終了しました。
在宅医療や保険制度相互理解深められた
韓国問題研究所 康 宗憲
縁があって、今回の韓国視察ツアーに参加できたことを嬉しく思います。とても充実した、そして意義深い2泊3日でした。
西山理事長をはじめセミナーで発表された先生方の研究内容は、韓国の医師たちにも多くの示唆を与えたようです。また、韓国側の発表を通じて、懸案の医師増員問題に関し率直な意見を聞けたことも参考になりました。何よりも、質疑応答や活発な意見交換を通じて、在宅医療や医療保険制度に関する相互の理解を深められたことが最大の成果だと思います。
初日は、日本では未だ馴染みのない「人権医学」の視点から、イ・ファヨン所長の貴重な講義を受けました。代用監獄や検察での自白強要などの問題が指摘される日本でも、取り調べ過程における不当な人権侵害に対し、医療が関与し精神的被害へのフォローなどに取り組む契機になればと思います。
2日目は過密な行程でしたが、医療保険制度やコロナ対策、前政権の福祉政策(文在寅ケア)など、韓国社会への総合的な知識を深める機会となりました。大邱市医師会の献身的で情の籠もった接待に、深謝の気持ちを禁じ得ません。3日目の高麗大学安岩病院も、最新型の施設で印象深い視察でした。
日韓交流は難しいです。岸田・尹の両首脳は未来志向を強調しますが、植民地支配の歴史責任を直視しない未来志向に、「未来」はありません。尹大統領は過去清算の全面譲歩を断行し、「コップの残り半分は日本が満たす」と主張しましたが、コップの水は今もそのままです。
今回の視察は、政府が満たさない半分のうち、その何滴かを注いだような気がします。相互に有意義な視察でした。今後も交流を通じて成果が蓄積されることを願っています。
2日目「韓国健康保険審査評価院」とクリニック見学
オンライン化進む請求システムを視察
理事 半田 伸夫
韓国でも日本のマイナンバーと同様に、個人識別番号が振り分けられている。そのため患者が医療機関を受診する場合は、保険証やIDカードを提示するかわりに、受付機に個人識別番号を入力することで、オンラインで患者情報識別を行っている。個人識別番号と顔認証を組み合わせたシステムが中心で、IDカードを読み取らせることを求めていない。非常に現実的で良い方法だと思われた。
審査に関しては、AIを活用して行われている。診療の妥当性に関しては、専門の医師による審査があるが90%はAI査定である。日本のDPC(包括診療払い)と同様のDRGというシステムがあり、評価と支払いを簡略化している。診療報酬内容の大きな見直しは5年毎だが、新薬や新たな適用については、適宜審査されている。
昼食後にミン・ボッキ医師会長の「オールフォースキンクリニック」を訪問した。保険診療の皮膚科、形成外科と、美容整形の両方を受け入れているクリニックである(韓国では混合診療は自由)。まず、受付で、電子カルテと連動するレセプトコンピュータの説明を受ける。一診療が終了するたびにデータが薬局とHIRAに転送され、重複薬剤の有無などがチェックされた後、院外薬局での処方受付となるようだ。
また会長のクリニックはヨーロッパ皮膚科学会の認定医院で、アジアではシンガポールとこのクリニックだけであると説明された。会長は主にヨーロッパの大学で皮膚科、形成外科を学んだそうで、イタリア製の治療機器はすぐれていると言っていた。現在韓国の美容整形は世界で最も進んでいて、日本も含め世界中から多くの医師が手技を学びに来ているとのことだった。
会長自身がつくられたアート作品があり、美容整形のビデオが流され、洗練された空間に驚いた。
この点では韓国の保険や診療レベルは日本よりすすんでいると思った。
2日目 大邱市医師会との討論会
医師増員とストライキたたかう姿勢学ぶ
理事長 西山 裕康
12日の午後に大邱市医師会館にて討論会・懇親会が行われました。先方からはミン・ボッキ会長の他、副会長6人を含め総勢18人の参加でした。
大邱広域市は人口237万人の韓国4番目に大きな市で、市医師会は70年余りの歴史と6200人以上の会員を擁しているそうです。
会では三つの講演が行われました。私からは、訪韓前に啓明大学医学部のKeimyung Medical Journal(KMJ)に投稿した論文「Supply, Demand and Distribution of Physicians in Japan」の骨子を紹介しました。日本の医師養成数の決め方や変遷を解説したこの論文は訪韓前に大学のホームページに公開され、相互の理解に大きく役立ちました。
続いて辛先生から「神経難病の在宅医療の実際」と題した講演が行われました。在宅医療の重要性や点滴治療の有効性、さらにはSCA36という遺伝子多型の脊髄小脳変性症の患者が韓国内に多く見られる可能性を指摘しました。韓国の在宅医療は発展途上でこれからが期待されます。
最後にソン・デホ東区医師会長から、文在寅前大統領の「文ケア」の評価及び「医師の増員とストライキ」に関する講演がありました。「文ケア」は公的医療保険給付を拡大しましたが、国の財政負担、過剰診療などの問題点のため今年度で終了とのことでした。
医師養成数に関しては、大学入学定員を3000人から4567人に増やすという政策ですが、そこまで増やす科学的根拠がないと医師会等が猛反対し、研修医全体の9割に当たる1万2千人が職場を離脱、3000人近くの医学部教授が辞表を提出したとのことです。医学生たちも休学や国試の受験拒否を表明しています。当然現場は混乱し、残された専門医に負担がかかり、その影響は患者さんの受診遅れに及んでいます。
当会からは「セーフティーネットとしての医療を守るために、関係者の間で接点を見つける努力をしてほしい」と述べましたが、「ユン大統領をやめさせるまで戦う」とのことでした。
双方の歴史に基づく国民性の違いを感じるとともに、日本の医師は、もう少し戦う姿勢が必要だと教えられました。
3日目 高麗大学安岩病院、BAYADAとの面会
何事にも一所懸命な〝ラテン気質〟感じる
理事 辛 龍文
最終日には午前中高麗大学安岩病院を見学、その後金浦空港への道中で昼食会を兼ねたBAYADAの説明会に参加しました。
安岩病院は大韓在宅医療学会理事長でもあるPark Kun Woo高麗大学教授に紹介していただき、直接案内していただきました。病院の第一印象は「それほど混んでない」でしたが、後で聞くとやはり研修医の職場離脱のため、あえて病院機能を落としているとのことでした。
安岩病院では他院へ紹介する時のデータは全てネット上で扱われて、日本のように返事を待つのではなく、サイトから状況を閲覧できるとの事でした。また、病棟のモニターでは入院患者の主治医名やADLの記載がありました。緊急時にはどのように患者様を助け出すかがハッキリしており日本に比べて使いやすいと感じました。
世界への展開にも力を入れ各国から健診を受け付けており、モンゴル語など日本では希少言語の通訳もしっかり揃えておりました。Park教授は金浦空港行きのバスにも同乗されて道中の私たちの質問にも答えていただき、専攻医が現場を離れる失望感や定年後の自身の開業への期待・不安感を吐露しておられました。
BAYADAの説明会は「楽源」という空港近くにある食堂で開かれました。ホテルの併設施設と思いきや、この食堂があるからホテルが作られたそうです。BAYADAは米国で設立された非営利在宅介護サービス提供会社です。海外にも進出しており、韓国では公的介護保険を使用したサービス提供を行っています。きめ細かい、専門的な看護で患者の満足度が高いそうです。日本でも開業を目指しており、名前だけでも知ってもらおうと今回、説明会を開いてくれました。具体的には民間保険会社と連携して在宅看護を展開したいそうです。
総じて今回目立ったのは韓国側の熱烈な歓迎ムードでした。過剰とも思えましたが、逆のパターン、例えば医学部定員増員問題で政府へ対する徹底的な抗戦態度からも、何事にも一所懸命に行う〝ラテン気質〟が伺えました。今回の収穫はこれが一番でしょうか?
医療ツーリズムのあり方考えさせられた
理事 坂口 智計
今回の韓国ツアーを通して、医療分野では日本よりも進んでいる点が多く見受けられました。
たとえば、韓国の医療システムに関連する部分です。HIRA(Health Insurance Review & Assessment Service)という、日本で言うところの支払基金や国保連合会に相当する機関があり、20年前から電子化やオンライン化を進めています。そのため、紙のレセプトは存在せず、ほとんどの決済がクレジットカードやQRコードで行われているとのことです。2008年にソウルのカンナムにある診療所を見学したのですが、まだスマートフォンが普及せず、QRコードも存在しなかった時代に、すべての患者がクレジットカードで支払いをしていたのが非常に印象的でした。
今回、見学の機会を得た高麗大学安岩病院は、日本で言えば慶応大学病院に相当する大規模病院であり、〝International Medical Center〟という部門を設けて、世界中から富裕層の患者を集める医療ツーリズムを積極的に展開しているとのことでした。主な来院国は、地政学的な点からロシアやモンゴルが多いとのことですが、アラビア語にも対応しているそうです。
病院長に尋ねたところ、特別室は1泊30万円で、1週間ほど入院し、さまざまな検査や生活習慣病の指導を行うと、約600万円だそうです。日本と同じく、HIRAに管理されている国民向け診療報酬は低めに設定されているそうです。
また、ムスリムの患者を受け入れるためには、豚肉が多く使われる韓国の食事スタイルを避ける必要があることも理解しました。アルコールや豚肉はもちろん、豚由来のラードなども一滴たりとも入っていてはならず、さらにムスリムの戒律に従った食材(ハラール認証)が必要です。これにより、食材やレストランもハラール認証を受ける必要がありますのでアラブの石油王を受け入れるため、ハードルは高くてもクリアーされているようです。
実は六甲山の人工スキー場にもハラール認証のレストランがあります。これは、雪を見に来るインドネシア系の観光客にサービスを提供するためです。9・11テロ後にニューヨークを訪れたときにも、街のいたるところでハラール認証のマークが貼られたレストランやフードカートを見かけました。
日本の少子化と労働人口の減少は深刻な課題であり、移民の受け入れも一つの解決策として検討されていますが、言語や文化の壁が大きな障害となっています。これらの課題を乗り越えるためには、教育やサポート体制の充実、文化的な受容性の向上が不可欠です。
一方で、インバウンド観光の促進は比較的取り組みやすい分野であり、特にムスリム旅行者に対する対応を強化することで、観光産業を中心にさらなる成長が期待できます。
親として次の世代により良い社会を引き継ぐために、日本の少子化と労働人口の減少への対応は必要不可欠だと思います。