政策宣伝広報委員会だより
日本経済新聞4月13日号 「子供の医療費『無料』限界」に反論する
2019.05.15
日経新聞は4月13日、三田市が子ども医療費助成制度を改悪し、こども医療費の窓口負担をゼロから一部有料化したことを肯定的に取り上げる記事「兵庫・三田市、助成縮小にカジ 子供の医療費『無料』限界」を掲載した。協会は5月11日の第1094回理事会でこの記事に対する反論を採択し、日経新聞に送付した。以下に全文を掲載する。
日本経済新聞社編集局 御中
兵庫県保険医協会
第1094回理事会
貴社発行の日本経済新聞4月13日付は、「兵庫・三田市、助成縮小にカジ 子供の医療費『無料』限界」と題した記事を掲載した。この記事は、三田市のこども医療費助成制度縮小について「少子高齢化に伴う財政難や老朽インフラ改修に備えての決断」「全国でも珍しい取り組みは過剰受診の抑制効果を上げつつある」と、制度縮小を肯定的に評価する内容となっている。
記事は、「18年7〜12月の市の助成件数が全体で9万6444件と前年同期比で9%(約3100万円)減った。助成金額も1億8916万円と14%(3100万円)減った」「森哲男市長は『無料だからとモラルハザード的な受診があったのではないか』とみる。受診件数の減少で今のところ『何か問題が起きたという話は聞こえてこない』(市幹部)」との発言を紹介する形で、無料化による「過剰受診」が減少したとしている。しかし、この発言は単なる憶測でしかなく、減少した受診数が「過剰受診」であるとの根拠は示されていない。減少した受診を一律に「過剰」と決めつけ、件数と金額の減少だけを取り上げ「抑制効果をあげつつある」とする本記事は見方が一面的過ぎる。そもそも、「過剰受診」の定義が不明確である。
また、記事は全自治体で高校生まで無料化した場合に「3000億円が過剰受診で増える」との厚労省の試算を紹介しているが、この試算の根拠となる「長瀬式」は厚生労働省が戦前内務省だったころに考案されたもので、現在ではその有用性に多くの専門家から疑問の声が上がっている。厚労省も「粗い試算」と断っているものであり、過剰受診が増える根拠とするのは無理があると考えられる。しかも、この3000億円が「過剰受診」により増えるとは厚労省は言っていない。にもかかわらず、記事は「過剰受診」だと決めつけており、極めてずさんで恣意的な引用と言える。
三田市内の母親からは、助成縮小を受け、「ただでさえよく病気をする子どもたちだけど、毎月の病院費がたくさんかかるから困るようになった」「子どもの病気やケガは親には重症度が判断できないときが多々ある。窓口負担があると、ひどくなるまで様子を見ようか、通院回数を減らそうかということになる。窓口負担が増えてからは、受診を躊躇することがある」との声が協会に寄せられている。また、長崎市での調査では子ども医療費助成の開始、年齢引き上げの前後でいずれの場合も夜間・休日時間外子ども受診数は増えておらず、こども医療長崎ネットが実施した保育園、幼稚園の保護者アンケートでは、助成制度が利用できたことによって不要な受診をしたことがあると回答した保護者は、2928件中わずか25件(0.9%)に過ぎなかった。子どもが医療機関を受診する場合、多くは保護者が付き添わねばならない。経済的にも時間的にもゆとりのない子育て世代にとっては受診行為そのものが大きな負担であり、安易な受診は元来考えにくい。東京歯科保険医協会の調査では、口腔崩壊の子どもがいた割合が、医療費助成制度のある地区(23区等)では小学校32.1%、中学校27.6%だったのに対し、制度のない地区(多摩地区等)では小学校50.0%、中学校34.3%と明らかに高くなっており、医療費助成の貧弱さが経済格差を通じて受診を抑制し、子どもの健康増進に悪影響を及ぼしていることが示唆されている。
われわれ医師・歯科医師は、助成縮小が必要な受診を抑制し、子どもの健康悪化につながっていることを実感し、国の制度として窓口負担の軽減を強く要求し続けてきた。子どもの健康を守るためには、窓口負担をなくし、容易に受診できる体制を整えるべきであり、たとえ財政改善が必要であっても子ども医療費助成制度を縮小すべきではない。子ども医療費助成は「風呂敷」ではなく、現代社会において孤立しがちな母親と子どもを温かく包み込む地域のやさしさであり、子どもの脆弱性に潜む急激な重症化や将来の健康被害発生のリスクを回避するために必要なものである。少子化は自然現象でなく国・自治体の政策の結果である。子どもに対する手当ての乏しい自治体に未来はない。
安易に「過剰」という言葉を使い、こども医療費助成制度を問題視する本記事に反論するとともに、貴社には、医療現場の実態を踏まえた公正な報道を求める。