政策宣伝広報委員会だより
ストップ!負担増 政策解説(1)「高齢者の窓口負担増」 新型コロナ禍による受診抑制に拍車
2020.11.15
75歳以上の窓口負担の2割への引き上げや市販品のある薬の保険外し、介護の利用料引き上げなど、政府は医療・介護の患者・利用者の負担増をさらに進めようとしている。政府が計画する負担増の内容をシリーズで解説する。
菅義偉首相は所信表明演説で「団塊の世代が七十五歳以上の高齢者となります。これまでの方針に基づいて、高齢者医療の見直しを進めます」と述べた。これは75歳以上の医療費窓口負担を現在の原則1割から2割へと引き上げることを指している。この方針は、昨年12月に安倍政権下で全世代型社会保障検討会議がまとめた「中間報告」に沿ったものである。
所信表明演説と前後して厚生労働省は年収240万円以上383万円未満の75歳以上の窓口負担を2割に引き上げる案を示した。引き上げ対象者は約190万人になる。
財政制度等審議会の財政制度分科会で、財務省は「できるだけ幅広い所得層で2割に引き上げ...」と述べている。自民党の財政再建推進本部の小委員会でも「低所得者を除く全員を対象とするべき」としている。また、健康保険組合連合会や全国健康保険協会、日本経済団体連合会、日本商工会議所、日本労働組合総連合会が政府に提出した「意見書」では「低所得者に配慮しつつ、早急に原則2割とする方向で見直すべき」としている。一方、日本医師会の中川俊男会長は記者会見で引き上げについて、「(対象は)限定的にしか認められない」と述べている。
政府与党はもとより、経済界も労働界も医師会も、程度の差はあるものの、後期高齢者の窓口負担(2割)の引き上げ方向を支持している。
財務省が引き上げの理由としているのは、(1)「75歳以上の後期高齢者...外来では、1回当たりの患者負担は800円弱で、15~64歳の現役世代(2100円)と大きな開きがある」、(2)「高齢者は、現役と比べて平均的に所得水準は低い一方で、貯蓄現在高は高い」、(3)「現役世代の保険料負担がますます重くなる」などである。
しかし、これらの理由は、高齢者の生活実態を見ない結論ありきの一方的な評価である。
現役世代より負担が軽い?
(1)の「1回当たりの患者負担は800円弱で、15~64歳の現役世代(2100円)と大きな開きがある」との理由については、あくまでも受診一回当たりの患者窓口負担を比較したものである。しかし、実際には高齢者は現役世代よりも多くの疾患を抱えていることが多く、必然的に医療機関への受診回数が多い。
そのため、1年間の窓口負担合計額は、0歳~74歳までの世代が約5万円であるのに比べ、75歳以上は約7万円である。75歳以上の窓口負担を原則2割にすれば、負担は14万円にもなり、現役世代との差はさらに開くことになる。
高齢者は貯蓄が多い?
(2)の「高齢者の貯蓄残高が高い」という点にも注意が必要である。
金融広報中央委員会が調査した「家計の金融行動に関する世論調査(2019年)」によれば、70歳以上の高齢者で収入がない層における金融資産非保有割合は50%、300万円未満の層でも37.7%に上っている。つまり、70歳以上でも一定の収入がある層は貯蓄もあるが、収入が低い層では貯蓄のない世帯も多く高齢世帯での格差が大きいことが読み取れる。
実際に1世帯当たりの金融資産の平均値と中央値を比較すると30代では平均値が中央値の2.2倍、40代で1.9倍、50代で2.0倍、60代で2.5倍なのに対し70代以上では2.9倍にもなる(図1)。富裕な高齢世帯の存在によって引き上げられた貯蓄残高を一般の高齢世帯にも当てはめ、一括りに高齢者は貯蓄残高が多く、原則2割へと窓口負担を引き上げても対応できる能力があるというのは間違っている。
また、内閣府が行った「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査(平成27年)」で、老後の備えとしての現在の貯蓄や資産の充実度を聞いたところ、日本では57%の高齢者が「足りない」と回答しており、「社会保障で基本的な生活は満たされると思う」との回答は1.3%しかなかった。一方、アメリカでも「足りない」は24.9%、「社会保障で満たされる」との回答は2.7%であり、ドイツでは18%が「足りない」と回答しているが、「社会保障で満たされる」との回答は14.3%に上っている(図2)。ここから明らかなのは、日本の社会保障が高齢者に安心を与えておらず、貯蓄に頼らなければ老後を過ごせない制度となっていることである。そして、貧弱な社会保障政策による将来不安に備えて高齢者が蓄えた貯蓄を、政府は社会保障制度のさらなる改悪の根拠としていることになる。
そもそも、所得格差に応じた再分配は保険料や税金で行われるべきで、社会保障の給付に差を持ち込むべきではない。高所得者に応分の負担を求めるのであれば、これまで政府が実施してきた所得税の累進率の緩和や20%に固定されている株式等の配当・譲渡所得等にかかる税率の見直しこそ行うべきである。
現役世代より大企業が負担を
(3)の「団塊の世代が後期高齢者入りする2022年以降、現役世代の保険料負担がますます重くなる」との理由については、確かに後期高齢者の医療費財源の一部は現役世代からの「支援金」によって賄われているが、そこには現役世代の各保険者の事業主負担も含まれている。現役世代の負担が重くなることを問題とするならば、新型コロナ禍にあっても309兆円もの内部留保を持つ大企業(資本金10億円以上)の使用者負担を増やせば現役世代の負担を増やす必要はない。
実際に世界では企業の総賃金に占める公的医療保険料の割合は日本では5%程度であるが、ドイツは8.325%、スウェーデンで12.48%、中国でも8~10%である(図3)。
新型コロナ禍の今こそ窓口負担引き下げを
新型コロナ禍による受診抑制が今後の国民の健康にとって悪影響を及ぼす可能性が指摘されている。とりわけハイリスク群である高齢者の受診抑制は深刻で、私たちは慢性疾患の管理など普段通りの受診を呼びかけているが、医療費窓口負担が引き上げられれば経済的な理由から受診が一層困難になりかねない。とりわけ低年金を補うために非正規で働くことを余儀なくされている高齢者の多くは新型コロナ禍で職を失っており、窓口負担の引き上げという受診抑制策により、早期に十分な医療を受けることができず、命や健康を危機にさらされることになる。
そもそも、新型コロナ禍では、世界中で進められてきた新自由主義的政策で脆弱となった医療・社会保障提供体制が問題となった。新型コロナ禍だからこそ、これまでの給付抑制、財源付け回し策としての国民患者負担増を転換し、国民が安心して医療機関を受診できるように窓口負担の引き下げこそ政府がとるべき政策である。
図1 年代別1世帯当たり金融資産の平均値と中央値
図2 老後の備えとしての現在の貯蓄や資産の充足度
図3 社会保険の企業負担割合の国際比較(2015年)