政策宣伝広報委員会だより
特集 2022年 参議院選挙 政策解説
コロナ禍の教訓を踏まえて医療・社会保障の充実を 協会政策部
2022.06.05
7月10日投開票が予定されている参議院選挙。コロナ禍から教訓を得て、日本の医療・社会保障を充実させる政治への転換が求められている。今回は、これまでの政府の医療費抑制政策が日本の医療提供体制をいかに脆弱なものにしてきたのかを解説する。
背景にあったのは、長年にわたる医師数の抑制、地域医療構想にもとづく病床削減、保健所の統廃合、診療報酬の抑制である。
本来であれば、政府は地域医療構想による病床削減を中止するとともに、保健所の整備を進めるべきだが、2021年に医療法を改悪し、病床削減に給付金を支給する「病床機能再編支援事業」を法制化して、病院の統廃合に伴う病床削減に対し、消費税増税で得た財源で全額国費補助を行うことを決めた。コロナ禍を受けてなお、政府は病床削減を進める姿勢を崩していないのである。この背景にあるのも医療費抑制政策であり、政府は病床が増えれば、入院が増え、その分医療費が増加すると考えているのである。
さらに、コロナ禍による受診控えや感染対策費の増加などで、経営に困難を抱える医療機関が増えている。にもかかわらず、今年の診療報酬改定をマイナス改定としたことは、地域の医療機関から経営的な余力をさらに奪い、地域の住民・患者の命と健康をないがしろにするものと言わざるを得ない。
この新自由主義的政策の背景には、大企業や富裕層が富を増やせば、その富がいずれその他の人たちにも回ってくるという「トリクルダウン(したたり落ちる)理論」に基づいている。しかし、この「トリクルダウン理論」は多くの専門家によって否定されている。
新自由主義的政策は、世界の先進各国でも採られてきた。しかし、世界ではコロナ禍を受けて、見直しの機運も高まりつつある(図1)。
日本でも、新自由主義的政策を見直して、大企業等に応分の負担を求めて、社会保障を充実させ、正規雇用を増やし賃金を引き上げて、持続可能な経済、社会をつくることが求められている。
「医療崩壊」の背景には医療費抑制政策
5月初めの時点で、日本の新型コロナウイルス感染症患者の累計は約6万3000人で欧米先進国の数十万人と比較すると、感染拡大は小規模だったと言える。にもかかわらず、新型コロナに感染しても、受け入れ病院が見つからないなどの「医療崩壊」とも呼べる状況が露呈した。背景にあったのは、長年にわたる医師数の抑制、地域医療構想にもとづく病床削減、保健所の統廃合、診療報酬の抑制である。
医療費抑制政策による深刻な医師不足
人口1000人当たりの医師数は、日本が2・5人でOECD平均の3・3人を大きく下回っている。また、専門科の偏在も深刻で、日本感染症学会は、感染症専門医の不足を約1500人と試算している他、日本集中治療医学会も専門医が約2000人不足しているとしている。こうした現状を鑑みれば、コロナ禍を受けて、医師養成数の拡大を行うべきであるが、政府は2021年5月、「医師の働き方改革関連法」で医師の残業時間を年間960時間(一部の医師は年間1860時間)まで容認することを決めた。医師不足を個々の医師の過重労働により肩代わりさせ、医師の命と健康を軽視する、極めて危険な政策である。そればかりでなく、2012年に日本外科学会が会員に対して行ったアンケートでは医療ミスの原因について、81・3%の外科医が「多忙・過労」と回答しており、患者の命と健康も危険にさらすものである。政府が医師養成数の抑制に固執するのは、医師が増えれば患者の受診機会が増え、医療費が増加するとの考えがある。つまり、大本にあるのは医療費抑制政策なのである。病床削減を推し進める地域医療構想
コロナ禍では入院ベッドの不足も問題となった。これは、政府が地域医療構想を都道府県に策定させてそれにもとづいて地域の急性期病床を削減し続けてきたことが背景にある。政府の社会保障制度改革推進本部医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会報告/厚生労働省第21回地域医療構想に関するWGが作成した「平成30年度(2018年度)病床機能報告の結果について」によれば、2013年に134万7千床あった全国の病床は2018年には124万6千床まで、5年間で実に10万床以上の病床が削減されていたことが明らかになっている。また、保健所の統廃合も同様で、全国保健所長会による「保健所数の推移(平成元年~令和2年)」では、1997年に706カ所あった保健所は2018年には469カ所に減らされたことが明らかになっている。本来であれば、政府は地域医療構想による病床削減を中止するとともに、保健所の整備を進めるべきだが、2021年に医療法を改悪し、病床削減に給付金を支給する「病床機能再編支援事業」を法制化して、病院の統廃合に伴う病床削減に対し、消費税増税で得た財源で全額国費補助を行うことを決めた。コロナ禍を受けてなお、政府は病床削減を進める姿勢を崩していないのである。この背景にあるのも医療費抑制政策であり、政府は病床が増えれば、入院が増え、その分医療費が増加すると考えているのである。
低すぎる診療報酬がコロナ対応の足かせに
また、診療報酬の長年にわたる抑制もコロナ禍における十分な医療提供の足かせとなった。例えば、コロナ患者を病院で受け入れるには個室が必要だが、日本では入院時の診療報酬が低く抑えられており、矮小なスペースや少ない人員、設備で多くの人を入院させるために多床室が多く整備されてきた経過がある。また、診療所でも、発熱外来を設置するための設備投資や、スタッフの増員を可能にする余力のある経営環境がなかった。さらに、コロナ禍による受診控えや感染対策費の増加などで、経営に困難を抱える医療機関が増えている。にもかかわらず、今年の診療報酬改定をマイナス改定としたことは、地域の医療機関から経営的な余力をさらに奪い、地域の住民・患者の命と健康をないがしろにするものと言わざるを得ない。
受診控えが深刻な中なおも狙われる負担増
コロナ禍で、感染への恐れや、収入の減少による患者の受診控えが増えている。本来であれば、政府は医療機関受診を勧奨すべきだが、コロナ禍の2021年6月、高齢者医療確保法を改悪し、現在原則1割となっている75歳以上の医療費窓口負担を、一定の所得以上を対象として2倍に引き上げることを決め、10月から実施される予定である。国立がん研究センターは、コロナの影響でがん検診を受けない人が増え、がんの発見が少なくなっていると発表している。窓口負担の引き上げは高齢者の受診抑制に拍車をかけて、高齢者の命と健康を危険にさらすものである。新自由主義的政策の見直しを
政府の医療費抑制政策は、新自由主義的政策の一環である。新自由主義的政策とは、公的部門を縮小させ、大企業や富裕層の利益を増やすために行われる数々の政策のことである。例えば、企業にとって医療費が低く抑えられれば、その分、税金や保険料負担が減り、利益を増やすことができる。たとえば、今まで市町村が行っていた水道事業に民間企業が参入できるようになれば、新たなビジネスチャンスが生まれる。従業員の賃金を自由に引き下げたり、簡単に解雇できるようになれば、その分コストを減らして利益を増やすことができる。この新自由主義的政策の背景には、大企業や富裕層が富を増やせば、その富がいずれその他の人たちにも回ってくるという「トリクルダウン(したたり落ちる)理論」に基づいている。しかし、この「トリクルダウン理論」は多くの専門家によって否定されている。
新自由主義的政策は、世界の先進各国でも採られてきた。しかし、世界ではコロナ禍を受けて、見直しの機運も高まりつつある(図1)。
日本でも、新自由主義的政策を見直して、大企業等に応分の負担を求めて、社会保障を充実させ、正規雇用を増やし賃金を引き上げて、持続可能な経済、社会をつくることが求められている。
図1 世界では新自由主義を見直す流れも