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特集 2022年参議院選挙 寄稿 からっぽの「新しい資本主義」か、「格差是正こそ真の経済成長への道」か 神戸女学院大学 名誉教授  石川 康宏

2022.06.15

2008_03.jpg 7月10日投開票予定の参議院選挙。保険医新聞では、選挙の争点を明確にするため、有識者に寄稿を依頼した。2回に分けて掲載する。1回目は、神戸女学院大学の石川康宏名誉教授に、経済をテーマに寄稿いただいた。

 参議院選挙が目前です。コロナ禍によりあらためてあぶり出された、保健・医療行政のお粗末ぶり、市民のくらしを支える意志のない「新自由主義」の政治・経済運営に、市民の不満と怒りは急速に高まりました。その直接の表れが総選挙を前にした菅内閣の支持率の急低下でした。
自民党政治の窮地で岸田氏を新首相に
 この自民党政治の窮地を脱するために、あらかじめ安倍氏と麻生氏の支持を取り付けて自民党の総裁選に出馬した岸田文雄氏は、新自由主義の「弊害」を「新しい資本主義」の名で是正する素振りを見せました。ちなみに安倍氏による支持は「保守派」の期待を裏切らないとの約束にもとづくもので(NHKスペシャル「政治ドキュメント 永田町・権力の攻防」2022年1月16日)、その「保守」とは日本会議や神道政治連盟に代表される戦前礼賛の右翼思想のことでした。
「新しい資本主義」は口先だけ
 岸田氏が首相に就任した途端、総裁選の時の「分配から成長へ」のスローガンはただちに消滅しました。そして政府の経済政策の根本を決める直近の経済財政諮問会議(5月31日)では、アベノミクスの3本の矢--(1)大胆な金融政策、(2)機動的な財政運営、(3)民間投資を喚起する成長戦略--を丸ごと「堅持」することが表明されました。「新しい資本主義」は市民の目先をごまかす見せかけの言葉でしかなかったということです。
 またしても新自由主義なのか、またそれを批判せねばならないのかと、市民の側がこれに慣れて、批判をあきらめてしまってはいけません。それが市民生活の悪化と日本経済の効率低下を生み、日本社会そのものの「衰退」をすすめる元凶である以上、この転換なしに明るい未来は望めないからです。いまや日本の国際的地位は、国連の幸福度ランキングで54位(2022年)、世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数で120位(2021年)、IMFの1人当たりGDPで36位(2022年)まで落ちています。
 新自由主義とは、「大企業のもうけの自由こそ自由な社会の根幹だ」という思想ですが、その具体的な経済政策は1980年代以降、以下のようなものとなりました。(1)賃金を抑え込む、そのために非正規雇用を拡大する、(2)社会保障の水準を下げ、大企業の保険料負担を減らす、(3)大企業やその経営者の税を減らす、そのために消費税の比重を高める、(4)民営化で大企業に新たなもうけ口をつくる、(5)マネーゲームを広げる等です。
 2012年末に成立した安倍内閣がアベノミクスの名でとりわけ重視したのはマネーゲームの拡大でした。岸田内閣が、最近の物価の急上昇という緊急事態にもかかわらず「異次元の金融緩和」を日銀に行わせ続けるのは、見事にそれを継承したものです。
賃上げ、社会保障は立派な内需拡大策
 では、それに対してどういう政策が求められるでしょう。何より重視すべきは「格差是正こそが経済成長への道」だということです。最近出版された大門実紀史『やさしく強い経済学』には関連する新たなデータが豊富に掲載されていますが、たとえばアメリカやフランスでは中小企業への支援を行いながら最低賃金の引き上げ(もちろん男女共通)を「内需拡大策」として実施しています。バイデン政権下のアメリカでは、今年の1月から21の州と35の郡と市で最低賃金の引き上げが行われました。新自由主義の本家といえるアメリカでこうした政策が取られるのは、賃金の公正を求める市民の取り組みとともに、それが大企業をふくむ社会全体にメリットをもたらすと考えてのことでした。ドイツのシュルツ政権は、国の最低賃金を12ユーロ(6月1日時点で約1660円)に引き上げる法案を年内に可決させる見込みです。日本の最低賃金の全国平均は930円ですから、これによる「内需」の格差は明白です。
 社会保障給付の拡大も、同じようにとらえることが大切です。それは市民のくらしを支えるとともに「内需」拡大の力になるということです。さらに「枯れ木に水をやるような」と、社会保障費や医療費を経済にとってのムダ金だととらえるのは、それらの経済波及効果を見ない点でも誤っています。医療費が医療機関への「支払い」となり、それが医療経営や医療従事者の賃金を支え、医療関連産業を支えることは、誰よりみなさんが一番よく知っていることでしょう。
財源は税の公正化、内部留保課税などで
 では、そうした成長戦略の転換を支える財源はどこにあるのか。もちろん消費税増税では、国民の消費を冷え込ませるので、話になりません。実際、世界では、コロナ禍で81の国・地域が消費税(付加価値税)の減税に踏み切っています。行われるべきは、新自由主義の名で大幅に引き下げられた大企業や富裕層への公正な課税の回復です。『やさしく強い経済学』は、アベノミクスの超優遇政策がもたらした、資本金10億円以上企業の内部留保に、5年間の時限付きで年2%の「内部留保課税」を行い、それによっておよそ10兆円の緊急財源を得ようとする新しい提案も行っています。ちなみに同提案は、賃上げや気候危機回避に向けたグリーン投資については税を控除するなど、よく練られたものとなっています。
 からっぽの「新しい資本主義」による新自由主義・アベノミクスの継続か、「格差是正こそ真の経済成長への道」なのか。参議院選挙における経済分野の争点はきわめて明快です。
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