兵庫県保険医協会

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スペシャル企画 業界を超えてストップ!インボイス

2023.04.25

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声優・看護師 大川陽子さん
2017年より声優として活動を開始し、「ジュラシックワールド」や「それいけ!アンパンマン」など吹き替えやアニメに出演。主に少年役が多い。舞台制作なども積極的に行い、演者としても出演している。正看護師の資格を持ち、慈恵大学附属病院にて手術室看護師として従事。現在は社会福祉施設や訪問看護など地域に寄り添う看護師として勤めながら、夢であった声優としても活動している

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司会 歯科医師
足立了平新聞部長

 消費税の仕入れ税額控除のために、これまでの請求書や領収書に代わって、「インボイス(適格請求書)」を求める制度が10月から開始されようとしている。このインボイスを発行するには、これまで免税事業者だった中小零細業者やフリーランスも課税事業者となる必要があり、新たに税負担が発生することとなる。多くの業界で問題点が指摘されており、今回、協会は業界あげてストップ・インボイスの運動に取り組むアニメ業界の方たちと座談会を行った。参加者は長年アニメのプロデューサーとして活躍してきた植田益朗㈱スカイフォール代表取締役社長、声優の大川陽子氏、雨松真希人歯科技工士で、司会は足立了平新聞部長が務めた。

 足立 みなさんお集まりいただきありがとうございます。本日は非常に複雑なインボイス制度について、その問題点を、業界を超えて共有しようと座談会を開催することになりました。
 早速ですが、皆さん自己紹介をお願いします。
 植田 アニメ制作会社「スカイフォール」を経営しています。44年前、「機動戦士ガンダム」というアニメの制作からこの業界でのキャリアをスタートし、いろいろな作品にかかわってきました。ガンダムを制作していたサンライズというアニメ会社に20年間勤めた後、ソニーグループのアニプレックスという、ちょうど今、「鬼滅の刃」などがヒットしているメーカーに入りまして、13年ほど勤め、最後は社長を務めました。今は自分の会社で企画プロデュースをやっています。
 インボイス制度についてあまり知らなかったのですが、「呪術廻戦」の総作画監督などを務めるアニメーターの西位輝実さんが、アニメ業界が大変なことになると発信されていてお話を聞き、深刻さに気付きました。
 私は、立場的にはどちらかというと、アニメーターや声優の方に発注する側なんですが、インボイス制度によって若いアニメーターや声優さんが育たないことになれば、日本のアニメ業界の地盤沈下が起こってしまうということで、発注側も含めた業界全体の問題だと思っています。
 大川 「機動戦士Zガンダム」のエマ・シーン役で有名な岡本麻弥さんや「SPY×FAMILY」のシルヴィア・シャーウッド役やハリウッド女優のアン・ハサウェイの吹き替えをされた甲斐田裕子さん、イーサン・ホールの吹き替えなどをされている咲野俊介さんが立ち上げた「VOICTION(ボイクション)」という声優の有志チームで活動しています。声優と同時に、看護師としても働いています。
 雨松 神戸で歯科技工士として歯科技工所を経営しています。個人の歯科技工所の7割くらいは消費税の免税業者で、まず思い浮かぶのは歯科医療機関との取引です。歯科医療機関がインボイス制度をよく理解できていないまま、仕入れ税額控除をするために、歯科技工所はインボイスの発行を求められ、そのためにインボイス業者として登録、課税事業者にならざるを得なくなるという問題が起こりつつあり、多くの歯科技工士さんから相談を受けています。
厳しい労働条件は医療界もアニメ界も共通
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アニメプロデューサー 植田益朗さん
(株)スカイフォール代表取締役社長。1955年生まれ。アニメプロデューサーサンライズ元常務、元アニプレックス社長、元A-1ピクチャーズ社長。代表作「機動戦士ガンダム」「ガンダム0083」「ターンエーガンダム」「シティーハンター」「犬夜叉」「ソードアートオンライン」「アイドルマスター」「俺の妹がこんなに可愛いわけがない。」「冴えない彼女の育てかた」「Fate/GrandOrder」

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歯科技工士 雨松真希人さん
1981年生まれ。歯科技工士に加え、中小業者の経営支援を行う「ちーむラボ」代表。「保険でよい歯科医療を」全国連絡会会長として、歯科医療の改善を求める運動の先頭に立ち活躍している

 足立 皆さん、自己紹介ありがとうございました。
 アニメ業界のことは私たちにはあまりわからないので、まず現場の実態とインボイス制度が与える影響を教えてください。
 大川 はい。そのためには、まず声優という仕事についてお話します。声優の多くはプロダクションに所属し、そのプロダクションから仕事をもらって活動をしていますが、プロダクションとは普通、業務委託という形で、雇用関係は結んでいません。新人でもベテランでも同じで、基本的に声優は個人事業主という形になります。
 声優が得られる報酬は作品1話あたり最低金額が1万5000円と決まっています。そこからプロダクションにマージンを支払い、源泉徴収もされ、手元に残るのは1万円くらい。これは地上波の作品の例ですが、CSやBS放送では報酬が8000円から1万円くらいで、声優の手元に残るのは5000円くらいになります。こうした仕事が多い新人は、30本に出演しても15万円にしかなりません。
 インボイス制度が始まると、プロダクションに自分でインボイスを発行したり消費税の確定申告をしなければならなくなり、個人の事務負担・消費税負担が増えます。もし発行できなければ、「消費税分を値引きしてくれ」とプロダクションから求められるケースが出てくるのではないかと危惧しています。
 植田 アニメーターも同じような業務委託契約がほとんどです。簡単にいうとセル画一枚いくら、ワンカットいくらという単価設定で、5年目ぐらいまでは年収100万から200万円台の方がほとんどです。
 私たちが実施したアンケートでは、業界で働くフリーランスの方々の半数が収入300万円以下で、そのうち3割がインボイス制度が始まったら廃業を考えると回答しています。
 根本的にはこの業界が20年以上、単価を上げることができてないという問題があると思っていて、あまり言いたくないのですが、「ブラック産業」とか「やりがい搾取」などと言われてしまっています。どうしても作品によってヒットする、しないがあり、経営の安定が難しいのも一因です。ただ、それを何とかしようと業界全体で働き方改革の動きがこの間、出てきており、スタジオがアニメーターを直接雇用したりと変わりつつありました。それに冷や水を浴びせるのがインボイス制度です。
 足立 大変深刻な影響がよくわかります。私たち医療業界は国民皆保険制度のもと保険診療を提供するのが基本で、収入源は皆さんの納める保険料と税金などからなる診療報酬です。政府の低医療費政策の下で診療報酬は長年据え置かれたままですが、この保険診療分は消費税非課税です。一方、健診やワクチン、自費診療は課税対象となりますが、個人経営の歯科医療機関の8割は課税売上が1000万円以下の免税事業者だと思います。
 雨松 歯科技工士はそうした歯科医療機関から外注を受け、歯科技工物を作成し納品します。歯科技工所の最低限の売上は300万円くらいですので、免税事業者の歯科技工士がインボイス発行事業者として登録してしまって、課税事業者としての負担に耐えられず廃業してしまうということが起こるのではないかと思っています。
 本来は歯科医院で働くことができればいいんでしょうが、歯科医院にそんな余裕はなくもっと言えば、国内の技工所は高いから海外の技工所に外注するということまで行われています。こうした点は、アニメ業界とも共通するところが多いと思います。
医療界における問題点
 雨松 医療界では実はそれほどインボイス制度は話題になっていません。歯科医療機関と歯科技工所はともにほとんどが免税事業者ですから多くの場合インボイス制度は関係ないのに、お互いによく分かっていないので、歯科医院が「とりあえず登録しておいて」と技工所に言ってしまう可能性があります。
 足立 日本歯科医師会の税務・青色申告委員会からも「歯科医療機関におけるインボイス制度への対応」という文書が出ていて、「免税事業者のようなインボイスを発行できない事業者から仕入を行なっている原則課税事業者は今後、以下のような対応が考えられます」として、「インボイス発行事業者になることを提案」「価格や取引条件を見直す」などと記載しています。これでは多くの歯科医院は、歯科技工所にインボイスを発行してもらうか、発行してもらえないなら、値引きしてもらえると誤解してしまいます。
 雨松 歯科技工士としては、歯科医療機関に歯科医師会や顧問税理士から「そう聞いた」からと言われると、歯科技工士の側は下請け的な存在ですから、いくら勉強して、「インボイスは必要ありませんよ」と言っても、やはり断れないですよね。そういう意味では、保険医協会が歯科医療機関に対してインボイス登録事業者になる必要はないと強く発信してもらえるといいと思います。
 足立 そうですね。それはぜひ行っていきたいと思います。
 植田 医科の医療機関ではどうですか。
 足立 医療を提供する対象は基本的に個人なので、インボイス発行を求められるのは企業健診など限られると思います。
 ただ、国民健康保険特別会計で実施されている特定検診などは委託を受けている医療機関に自治体がインボイスの発行を求めることはありうるのではと懸念しています。国や自治体には原則として消費税納税義務はありませんが、特別会計は課税事業者として扱われる場合もあるからです。ですからもし、そんなことになれば、医科の診療所も大混乱に陥ります。
コロナ禍で打撃を受ける業界に追い打ち
 足立 コロナ禍で、医療業界は本当に厳しい状況です。一部の報道では、補助金やワクチン接種で潤っているなどとされていますが、実際には人件費の高騰や感染対策費用などで経営は大変困難になっています。歯科医院も政府やマスコミが不要不急の歯科医院への受診を控えるような通知を出したり報道したことで、まるで歯科医院を受診すると新型コロナに感染するかのように思われて、患者さんが激減しました。今でも完全に回復しているとは言いがたい状況です。こうした状況でインボイス制度など考えられません。
 植田 コロナ禍は私たちの業界にも影を落としています。新人が先輩を見て勉強する機会がずいぶん減ってしまいました。例えば、ガンダムであれば多くの兵士や民衆を多くの新人が演じることで重厚なシーンとなります。もちろん中堅やベテランも欠かせず、バランスが大切なんです。そういう制作現場であれば、新人が中堅やベテランの演技を目にして、「上を目指そう」「いい芝居ができるようになりたい」と学ぶことができるんです。それが、コロナ禍のおかげでできなくなってしまった。こういうタイミングでインボイス制度を導入して新人に鞭打つようなことは全く理解できません。
 大川 怖いのは、取引の停止がハッキリした理由のないまま行われるということだと思っています。制作会社がフリーランスの声優やアニメーターに対して、「インボイスを発行しないから取引を打ち切る」といえば公正取引委員会に通報されてしまうリスクがあります。だから、作品に合わなかったなどという口実で取引が停止されてしまい、本当の原因か分からないまま取引ができなくなってしまいます。
 植田 逆に小さなアニメスタジオは、声優やアニメーターに仕事を依頼する際に立場が弱く、インボイスを発行してもらえずに、消費税を負担しなければならないということも出てきかねません。そういう不信感が業界内に生まれ始めていると思います。この業界は、ものづくりであるとともに、エンターテイメント業界でもあります。人々の信頼関係からクリエイティブなものが生み出せるわけで、業界内に不信感が生まれるのは非常に問題だと思います。
中小零細企業の大増税が目的
 足立 インボイス制度の目的について国税庁は「事業主が取引を行う際の消費税の税率や税額を正確に把握する」と言います。しかし、医療機関からみれば全くいい加減な話です。
 なぜなら、医療界には「控除対象外消費税」問題があるからです。医療機関は薬や医療材料、医療機器を業者から購入し消費税を払いますが、医療は非課税とされているので、患者さんに転嫁することができません。これにより発生する医療機関の「持ち出し」を控除対象外消費税と私たちは呼んでいます。このような問題のある消費税の運用をしておきながら、インボイス制度で「事業主が取引を行う際の消費税の税率や税額を正確に把握する」などというのは、建前であって、やはりその狙いは課税強化であるといわざるを得ません。
 大川 財務省はインボイス制度の導入で約2480億円の増収があるとしています。これは消費者と中小業者に対する増税ですよね。
 雨松 そもそも政府はことあるごとに消費税は社会保障に使われているといいます。しかし、これは国民に増税を納得させるためのウソです。実際には増税で増えた税収は、大企業の法人税引き下げに使われてしまったからです。2019年、消費税率が8%から10%に引き上げられた一方で、2015年に25.5%だった法人税率は2018年には23.2%に引き下げられています。実際、毎年健康保険料は高くなっていますし、医療費の窓口負担の割合も増やされています。
 本来、医療費というのは高齢化に伴って増えていくものです。しかし、政府はこの間、それを毎年4000億円ずつくらい抑制しています。コロナ禍でベッドや医師、看護師が足りないといわれたのもそこに原因があると思っています。
 植田 消費税は逆進性も高く、そういう意味でも問題があると言われていますね。
徴税強化の一方で際限なく増える防衛費
 足立 政府は今後5年間で43兆円の防衛費を確保するとしています。これでは今後、消費税は医療・社会保障の財源どころか、防衛費に回されかねません。
 そもそも、消費税は1916年、第1次世界大戦中のドイツで「戦費調達税」として始まり、日本でも1936年、中国侵攻の財源として一般消費税が立案されました。ロシアは、今回のウクライナ侵攻に先立って2019年に付加価値税率を引き上げています。数パーセントの増税で数兆円の財源を確保できる消費税は、防衛費の財源として非常に都合のよいものなのだと思います。さらにインボイス制度で課税事業者を増やせば消費税増税の効果を最大化できます。
 防衛費を増やすべきだと考える人もいるとは思います。しかし、これだけ財政難が叫ばれて、コロナ禍で様々な業種が苦しんでいる中、少し冷静な議論が必要ではないでしょうか。考えすぎかもしれませんが、政府が戦争の準備をしているようで恐ろしくもあります。ガンダムでも戦争の恐ろしさをリアルに描いているという評価が結構あると思うのですが。
 植田 そうですね。当時、戦争シーンを描くとなると先の大戦を参考にするというのが普通でした。
 足立 今では、戦争経験者も減って、若い世代が肉親から戦争体験を聞く機会も減りました。こういう状況で防衛費を増やして、「反撃能力」を持つというのは、恐ろしいと思います。一方で、アニメには私たちの業界にはない若い世代への強い影響力がありますね。
 大川 そうですね。それで私たちVOICTIONでは、インボイス制度の問題点をわかりやすく知っていただくため、独自にアニメを作ってYouTubeで公開しています(左)。多くのアニメファンがこのアニメでインボイス制度の問題点を知って声を上げてほしいですね。
レベルの高い日本のアニメ 医療とのコラボも
 植田 アニメは世界中で制作されていますが、幼児向けではなく、ティーンエイジャー向けの作品は日本に強みがあると思います。作品の舞台となる世界観をきちんと設定して、キャラクターそれぞれが背負った背景とそこから形成された人物像もきちんと描かれます。勧善懲悪の単純な物語でなく、キャラクターもキャラクターが所属する組織もそれぞれが論理をもって動いている。そして、実写映画と見間違えるように背景までも緻密に描かれる。こうした特徴を持つ日本のアニメは私たちの業界のレベルの高さを示しています。
 足立 確かに、ティーンエイジャーだけでなく大人が見ても考えさせられる作品はたくさんありますね。
 植田 こうした点に注目して、最近、精神医学の分野では「アニメーション療法」という療法が注目を集めているようです。今回はインボイスがテーマでしたが、他にもアニメ業界と医療業界で新たなコラボレーションを行い、それぞれの業界を盛り上げていければと思っています。
 大川 そのためにもインボイス制度の導入を阻止しなければと思います。
 今必要なことはインボイス発行業者になろうと思う事業所も含めて、ぎりぎりの9月30日まで登録をしないということです。すでに登録してしまった事業者の方も登録の取り下げができますので、ぜひ取り下げて、とにかく10月1日から、とても制度を実施できないという状況を作れば、政府も考え直さざるを得ないと思います。
 足立 そうですね。今日はありがとうございました。まったくの異業種交流でしたが、お互いの業界には類似点も多く、なによりもストップ・インボイスで一致できたことは大きいと思います。医療業界ではまだインボイスの問題点が認識されていませんが、今回を機会に全国の保険医協会、全国団体である保団連とも協力し、ストップ・インボイスの声を医療業界でも広げていきたいと思います。
?インボイスとは?
 「インボイス(適格請求書)」とは税務署の登録番号がついた領収書や請求書のこと。これがないと仕入・経費の消費税が引けなくなる(仕入税額控除ができなくなる)ため、取引先や元請けは、下請け業者にインボイス発行を求めている

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