政策宣伝広報委員会だより
政策解説 医療DX(デジタルトランスフォーメーション)でこれからどうなる!?
2023.09.25
8月2日の中央社会保険医療協議会(中医協)総会で、24年度改定から改定実施月を6月1日に2カ月後ろ倒しにする厚生労働省の提案が了承されたことや、医療DX(デジタルトランスフォーメーション)について議論が行われたことを受けて、協会は9月6日、厚生労働省と交渉を行った。協会からは、森岡芳雄副理事長が、厚生労働省からは保険局保険課(診療報酬改定DX推進室)・国民健康保険課、医療介護連携政策課、医療課、医政局特定医薬品開発支援・医療情報担当参事官室・特定医薬品開発支援・医療情報担当参事官室が参加した。
交渉で明らかになったことも含め、診療報酬改定実施の後ろ倒しとその背景にある医療DXについて、解説する。
ただ、中医協に提出された資料「医療DXについて(その2)」によれば、「これまで診療報酬改定に伴い、答申や告示から施行、初回請求までの期間が短く、医療機関・薬局等及びベンダの業務が逼迫し、大きな負担がかかっている。今後は、施行の時期を後ろ倒しし、共通算定モジュールを導入することで、負担の平準化や業務の効率化を図る必要がある」とされている。
つまり目的は、共通算定モジュール(各ベンダが共通のものとして活用できる、診療報酬算定・窓口負担金計算を行うための電子計算プログラム)導入なのである。
こうした点を踏まえて今回の後ろ倒しについては、冷静に評価する必要がある。
協会との交渉の中で、厚労省は「現在のところ、...今後も同様の措置をとっていく方針」とし、26年改定以降も2カ月間の後ろ倒しを行う方針だということが明らかになった。ただ、「当然、後ろ倒しによりベンダや医療機関の負担が軽減されたのかどうかの検討は行っていく」としており、「診療報酬改定DX」により4月1日施行が問題なく実施できるようになれば、これまでの改定スケジュールに戻すという将来的な方針も示唆している。
このうち、「マイナンバーカードと健康保険証の一体化の加速等」は、国民や医療機関の「健康保険証を残せ」との声にもかかわらず、政府は実施の姿勢をとり続けており、来年秋に予定される健康保険証の廃止が強行されれば、一定の完成を見ることになる。
すでに政府はNDB(National Date Base)という名称でレセプト情報と特定健診等情報をデータベース化している。しかし、レセプト情報では、いわゆる「レセプト病名」ではない実際の疾病名が分からない点、個人のライフログ(食事・睡眠・歩数などの生活の記録)がほとんど含まれていない点が、指摘されている。
その点を克服するために、政府は前述の「電子カルテ情報共有サービス(仮称)」を整備するとしており、実際に厚労省は同サービスでは「(レセプト病名ではなく)患者に告知した病名を入力する仕様にする」と回答している。
ここで注意が必要なのが、その告知病名が審査や支払いに利用される危険性である。この点、厚労省は交渉の場で「全く想定していない」と現在は妥当な判断を行っていると思われる。
ただ、今後そうした議論にとどまらず、医療の過度な平準化や医師の診療権の制限等も含めて議論の俎上に上らないように注視が必要である。 電子カルテ上の全ての情報を共有・蓄積できるようになれば多くの人の一定のライフログも明らかになることが想定される。
すでに製薬企業はNDBや民間サービス等を利用して豊富なデータを有しているとされているが、今後の創薬や既存薬剤の改良には多くの人のライフログが必要だといわれており、そうした意味では、「電子カルテ情報共有サービス(仮称)」は製薬企業や医療情報を利用することでビジネスチャンスの拡大を図れる企業の思惑が背景にあるとも考えられる。
実際に、22年11月7日に日本製薬工業協会が明らかにした「NDBの利活用に関する課題と期待」では、NDBの「限界」が列挙され、「健康医療データプラットフォーム構築への期待」が述べられている。
確かに医学の発展にとって、新薬の開発は大切だが、医療機関が患者との信頼関係にもとづいて得た公的な医療・健康情報を民間事業者に提供してよいのか、十分な議論が行われるべきである。
これまでは改定時、それぞれのベンダが政府から電子点数表を得てプログラム開発を独自に行っていたが、政府がそのプログラムを提供し、各ベンダによるレセコン用のプログラム開発が容易になり、結果として医療機関が負担するベンダへのメンテナンス料や新規導入時の費用が大幅に廉価になるとされている。
この点について、中医協で日医の長島公之常任理事は「ベンダーに生じる負担軽減効果については運用保守経費等の軽減を通じて医療機関に確実に目に見える形で還元されるべきと考えます」と述べているし、厚労省保険局の眞鍋馨医療課長も「改定DXの効果が医療機関にきちんと還元されることが重要と認識している」としている。
協会としてもベンダに生じる負担軽減が医療機関に還元されるよう引き続き、厚労省等に要求を行っていく。
また、厚労省は交渉で「疑義解釈や変更通知などは共通算定モジュールに即時反映する」と回答し、その点でも医療機関の利便性を強調している。なお、この利用には最低限、オンライン接続が可能なレセコンが必要となると厚労省は説明している。
また、厚労省は「医療DXについて(その2)」で「標準型電カルと一体型のモジュールを組み入れた標準型レセコンをクラウド上に構築して利用可能な環境を提供」するとしている。厚労省によれば、共通算定モジュールのようにベンダを介することなく、行政が直接クラウド上で提供することになるとしており、医療機関へのサポートをベンダが行うとしている。
現在電子カルテを導入していない医療機関も、政府の提供する標準型電子カルテを使用できるということだ。
ただし、「標準型電カルと一体型のモジュールを組み入れた標準型レセコン」を利用する場合は、全国医療情報プラットフォームへの参加が条件となる。全国医療情報プラットフォームを通じて他医療機関とカルテ情報を共有したくない場合は、導入を見送る必要がある。
ただ、電子カルテを共有する「全国医療情報プラットフォーム」も「共通算定モジュール」も運用は25年度になるとされており、今すぐ医療機関が対応を行わなければならないものはない。
協会では正しい情報を会員に伝えていくとともに、「医療情報化支援基金」による補助等医療機関の事務的、経済的負担軽減のために、引き続き厚生労働省等と密にやり取りを行う。
また、患者の医療情報は的確に扱われるよう、漏洩等が医療機関の責任とならないようシステムの制度設計についても厚労省に要求していく方針である。
交渉で明らかになったことも含め、診療報酬改定実施の後ろ倒しとその背景にある医療DXについて、解説する。
診療報酬改定2カ月後倒しの狙い
今回の診療報酬改定の2カ月の後ろ倒しについて、これまで協会や保団連が掲げてきた要求が実現したとの評価もある。ただ、中医協に提出された資料「医療DXについて(その2)」によれば、「これまで診療報酬改定に伴い、答申や告示から施行、初回請求までの期間が短く、医療機関・薬局等及びベンダの業務が逼迫し、大きな負担がかかっている。今後は、施行の時期を後ろ倒しし、共通算定モジュールを導入することで、負担の平準化や業務の効率化を図る必要がある」とされている。
つまり目的は、共通算定モジュール(各ベンダが共通のものとして活用できる、診療報酬算定・窓口負担金計算を行うための電子計算プログラム)導入なのである。
こうした点を踏まえて今回の後ろ倒しについては、冷静に評価する必要がある。
協会との交渉の中で、厚労省は「現在のところ、...今後も同様の措置をとっていく方針」とし、26年改定以降も2カ月間の後ろ倒しを行う方針だということが明らかになった。ただ、「当然、後ろ倒しによりベンダや医療機関の負担が軽減されたのかどうかの検討は行っていく」としており、「診療報酬改定DX」により4月1日施行が問題なく実施できるようになれば、これまでの改定スケジュールに戻すという将来的な方針も示唆している。
医療DXとは
23年6月2日に政府の医療DX推進本部が決定した「医療DXの推進に関する工程表〔全体像〕」(図1)によれば、政府が進める医療DXは「マイナンバーカードと健康保険証の一体化の加速等」「全国医療情報プラットフォームの構築」「診療報酬改定DX」の3分野に大別される。このうち、「マイナンバーカードと健康保険証の一体化の加速等」は、国民や医療機関の「健康保険証を残せ」との声にもかかわらず、政府は実施の姿勢をとり続けており、来年秋に予定される健康保険証の廃止が強行されれば、一定の完成を見ることになる。
焦点は「全国医療情報プラットフォーム」
今後、焦点になってくるのは「全国医療情報プラットフォームの構築」である。これは「電子カルテ情報共有サービス(仮称)の整備」と同義であり、文字通り、カルテ上の、診療情報提供書、退院時サマリー、検査値、アレルギー情報、薬剤禁忌、傷病名等を医療機関の間で共有するものである。すでに政府はNDB(National Date Base)という名称でレセプト情報と特定健診等情報をデータベース化している。しかし、レセプト情報では、いわゆる「レセプト病名」ではない実際の疾病名が分からない点、個人のライフログ(食事・睡眠・歩数などの生活の記録)がほとんど含まれていない点が、指摘されている。
その点を克服するために、政府は前述の「電子カルテ情報共有サービス(仮称)」を整備するとしており、実際に厚労省は同サービスでは「(レセプト病名ではなく)患者に告知した病名を入力する仕様にする」と回答している。
ここで注意が必要なのが、その告知病名が審査や支払いに利用される危険性である。この点、厚労省は交渉の場で「全く想定していない」と現在は妥当な判断を行っていると思われる。
ただ、今後そうした議論にとどまらず、医療の過度な平準化や医師の診療権の制限等も含めて議論の俎上に上らないように注視が必要である。 電子カルテ上の全ての情報を共有・蓄積できるようになれば多くの人の一定のライフログも明らかになることが想定される。
すでに製薬企業はNDBや民間サービス等を利用して豊富なデータを有しているとされているが、今後の創薬や既存薬剤の改良には多くの人のライフログが必要だといわれており、そうした意味では、「電子カルテ情報共有サービス(仮称)」は製薬企業や医療情報を利用することでビジネスチャンスの拡大を図れる企業の思惑が背景にあるとも考えられる。
実際に、22年11月7日に日本製薬工業協会が明らかにした「NDBの利活用に関する課題と期待」では、NDBの「限界」が列挙され、「健康医療データプラットフォーム構築への期待」が述べられている。
確かに医学の発展にとって、新薬の開発は大切だが、医療機関が患者との信頼関係にもとづいて得た公的な医療・健康情報を民間事業者に提供してよいのか、十分な議論が行われるべきである。
診療報酬改定DXの内容とは
診療報酬改定DXでは、25年4月より共通算定モジュール(図2)のα版提供開始を行うとしている。提供方法については、レセコンや電子カルテのベンダを通じて行うとされている。これまでは改定時、それぞれのベンダが政府から電子点数表を得てプログラム開発を独自に行っていたが、政府がそのプログラムを提供し、各ベンダによるレセコン用のプログラム開発が容易になり、結果として医療機関が負担するベンダへのメンテナンス料や新規導入時の費用が大幅に廉価になるとされている。
この点について、中医協で日医の長島公之常任理事は「ベンダーに生じる負担軽減効果については運用保守経費等の軽減を通じて医療機関に確実に目に見える形で還元されるべきと考えます」と述べているし、厚労省保険局の眞鍋馨医療課長も「改定DXの効果が医療機関にきちんと還元されることが重要と認識している」としている。
協会としてもベンダに生じる負担軽減が医療機関に還元されるよう引き続き、厚労省等に要求を行っていく。
また、厚労省は交渉で「疑義解釈や変更通知などは共通算定モジュールに即時反映する」と回答し、その点でも医療機関の利便性を強調している。なお、この利用には最低限、オンライン接続が可能なレセコンが必要となると厚労省は説明している。
また、厚労省は「医療DXについて(その2)」で「標準型電カルと一体型のモジュールを組み入れた標準型レセコンをクラウド上に構築して利用可能な環境を提供」するとしている。厚労省によれば、共通算定モジュールのようにベンダを介することなく、行政が直接クラウド上で提供することになるとしており、医療機関へのサポートをベンダが行うとしている。
現在電子カルテを導入していない医療機関も、政府の提供する標準型電子カルテを使用できるということだ。
ただし、「標準型電カルと一体型のモジュールを組み入れた標準型レセコン」を利用する場合は、全国医療情報プラットフォームへの参加が条件となる。全国医療情報プラットフォームを通じて他医療機関とカルテ情報を共有したくない場合は、導入を見送る必要がある。
おわりに
24年診療報酬改定は2カ月の後ろ倒しが決まった。ただ、電子カルテを共有する「全国医療情報プラットフォーム」も「共通算定モジュール」も運用は25年度になるとされており、今すぐ医療機関が対応を行わなければならないものはない。
協会では正しい情報を会員に伝えていくとともに、「医療情報化支援基金」による補助等医療機関の事務的、経済的負担軽減のために、引き続き厚生労働省等と密にやり取りを行う。
また、患者の医療情報は的確に扱われるよう、漏洩等が医療機関の責任とならないようシステムの制度設計についても厚労省に要求していく方針である。
図1 医療DXの推進に関する工程表[全体像]
23年6月2日、政府「医療DX推進本部」決定資料より
図2 共通算定モジュールの構成要素と標準化・共通化(DX)
23年4月26日、中医協総会資料より