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政策解説 高額療養費制度の改悪 皆保険制度への信頼損なう

2025.02.15

 石破政権は2025年度予算案で、高額療養費の自己負担限度額をすべての所得層で引き上げる方針を示した。これについて協会は2月8日の第1203回理事会で、高額療養費制度は国民皆保険制度の根幹をなす制度の一つであり、ただでさえ物価高騰で生活が困窮する中、受診抑制に拍車をかけ、国民の健康と命を脅かすことになりかねないとして、抗議声明を発表した。制度改悪の問題点について解説する。

制度改悪 全ての人が対象
 示された引き上げ案では、特に中所得・低所得層の負担が大幅に増加し、低所得者向けの軽減措置は設けられない。
 例えば、年収650万~770万円の人の負担限度額は月8万100円から13万8600円へ73%増、年収510万~650万円の人は42%増、年収200万~260万円の人は38%増となる(図)。
 この制度改悪により、がん患者を含む長期治療を必要とする人々の医療費負担が大幅に増加することが懸念されている。特に、収入が不安定な非正規雇用者や、治療によって収入が減少する人々にとっては、治療費の増加が生活を圧迫し、治療継続の障害となる可能性が高い。
年収200万で3分の1が医療費に
 例えば、民間の男性勤労者の平均年収である年収569万円の人が血液がんで入院した場合、2027年8月以降、抗がん剤治療の最初の3カ月間で合計9万9000円の負担増となる。また、病衣や医療用ウィッグなどの生活関連費用や、1日約1500円の入院食事代も自己負担となるため、医療費以外の出費も大きな負担となる。
 より収入の低い層ではその影響はさらに深刻で、非正規労働者の平均年収である年収202万円の非正規労働者が進行性乳がんの治療を受ける場合、高額療養費の自己負担は年間57万2400円から63万6300円へと6万3900円増加し、年収の約3分の1が医療費に消える計算となる。
 そもそも、がん罹患による平均年収の減少率は36%にも及ぶ。個人事業主の72%が事業に影響を受けるといわれており、今回の制度改悪は患者の経済的困窮に拍車をかけるものである。
 また、がん以外にも、診療所でも行われる生物学的製剤による自己免疫疾患の治療、C型肝炎のDAA治療、GLP-1受容体作動薬による糖尿病・肥満治療、PCSK9阻害薬による高脂血症治療、高額な注射薬による骨粗鬆症治療などでも、高額療養費制度は利用されており、診療所の外来でも医師が患者に合わせて最適な治療を選択できなくなる可能性がある。
制度改悪の理由は破綻
 政府は「現役世代の保険料負担軽減」を理由に、負担限度額の引き上げを正当化している。しかし、保険料の軽減と、重篤な疾患を持つ患者への負担増には直接の関係がない。
 厚労省の試算によれば、今回の見直しによる保険料の軽減額は年間1100円~5000円(月額92円~417円)とされている。さらに、勤労者の保険料は企業が折半負担するため、実際の負担軽減額は月46円~208円にとどまる。
 そもそも、高額療養費制度は国民の15人に1人が利用しており、40~59歳で約15%、20~39歳で約10%が利用しており、政府の改悪案は全く現役世代の負担軽減につながらないばかりか、疾病を持つ一部の現役世代の負担を大幅に引き上げるものである。
国や自治体の責任を後退させる
 高額療養費制度は、医療費の窓口負担に上限を設けることで、患者負担を他の先進国並みの12%程度に抑えている。これにより、国民は高額な医療費が必要な場合でも、経済的負担を気にせずに治療を受けることができる。また、医師も患者の経済的事情を考慮することなく、最善の治療を選択することが可能である。
 しかし、今回の制度改悪は、厚労省の試算によれば、国や地方の負担が1600億円削減される。これは実質的に国民皆保険制度における国や地方行政の責任を後退させるもので、長年築かれてきた国民皆保険制度の信頼を崩すことになる。
政府は一部修正を示唆するも負担軽減こそ
 制度改悪反対の声の高まりを受け、福岡厚労大臣は、患者団体との面談を検討する意向を示し、「患者の声を真摯に受け止め、可能な限り合意形成を図る」と述べた。石破首相も「当事者の理解を得ることが必要であり、最大限努力する」と答弁した。さらに、自民・公明与党は、長期間の治療を要する患者の負担に配慮する方向で見直しを検討している。しかし、一部修正で幕引きを図ることは許されない。
 「応能負担」は、税・保険料の負担においてこそ、適用・徹底されるべきである。使用者や高所得者ほど相応に保険料を負担し、一方で受診に際しては所得の高低に関わりなく、平等な負担水準にすべきである。負担限度額引き上げは中止するとともに、先進諸国で見ても高い「原則3割」の窓口負担を段階的に引き下げていくことが必要である。

図 政府の計画する負担限度額引き上げのイメージ
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 政府の打ち出した高額療養費の制度改悪に対し、協会が2月8日、発表した抗議声明全文を掲載する。

抗議声明
2025年2月8日
高額療養費制度の制度改悪に断固反対する

兵庫県保険医協会
第1203回理事会

 政府は、来年度予算案で、現在の高額療養費制度を改悪し、2025年8月以降、現行の各年収段階に応じて傾斜をつけている負担限度額について、おおむね、「住民税非課税」は2.7%増、「370万円未満」は5%増、「370万~770万円」は10%増、「770万~1160万円」は12.5%増、「1160万円~」は15%増とするとしている他、2026年8月以降、住民税非課税を除いた各年収段階を細分化した上で、各年収段階内で年収が高い層から、引き上げ幅を高くする形で見直すとしている。
 高額療養費制度は、国際的に見ても高額な日本の定率1割から3割にも及ぶ医療費窓口負担に上限を設けるもので、これにより、国民医療費における患者負担は、他の先進諸国並みの12%程度に抑えられており、国民皆保険制度の根幹をなす制度の一つである。
 この制度により、国民は、手術や入院、高額な薬剤などが必要な疾患にかかっても、経済的な事情にそれほど左右されることなく、安心して医療が受けられる。また、医師も、患者の経済的事情をそれほど考慮することなく、最善の治療を選択することができる。
 にもかかわらず、この制度を改悪し、医療費窓口負担の上限額を引き上げれば、ただでさえ物価高騰で生活が困窮する中、受診抑制に拍車をかけることになる。結果、国民の健康と命を脅かすことになりかねない。
 高額療養費制度は、いつでも、どこでも、だれでも、世界最高水準の医療を、比較的低い負担で受けられるという国民皆保険制度への信頼を担保する極めて重要な制度であり、この制度が改悪されれば、長年かけて醸成されてきた国民皆保険制度の国民からの信頼は崩れてしまう。
 さらに、政府は制度改悪の理由を「現役世代をはじめとする被保険者の保険料負担の軽減を図る」としているが、被用者の実際の保険料軽減は月46円~208円と微々たるもので、とても政策目標を達成できる水準ではない。
 「応能負担」は、税・保険料の負担においてこそ、適用・徹底されるべきである。使用者や高所得者ほど相応に保険料を負担し、一方で受診に際しては所得の高低に関わりなく、平等な負担水準にすべきである。負担限度額引き上げは中止するとともに、先進諸国で見ても高い「原則3割」の窓口負担を段階的に引き下げていくことが必要である。

以上

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